宮城県では今月1日、自粛していた沿岸での漁業(yè)が解禁されました。しかし、漁に出る人達の姿はほとんどありません。Nスタのシリーズ「明日へ」、漁の再開を目指し、がれきと闘う漁師たちを追いました。
宮城県南三陸町。朝8時過ぎになるとあちらこちらから漁業(yè)を生業(yè)とする人たちが集まってきます。
「今日の仕事ですけど、海水浴場に行ってごみ拾いとか、がれきの殘骸とか、玉とりをしたい。仕事にあたっては、けががないように気をつけて作業(yè)をお願いします」
今月から漁の自粛が解禁された宮城県。しかし、漁業(yè)が盛んな南三陸町でも漁に出る人の姿はありません。漁師の仕事は、港や浜辺に打ち上げられたがれきや漁具の片付けです。
臺風の影響で海が荒れた、この日。震災(zāi)がなければ、海でホタテの水揚げをしていたはずの遠藤薫さん(46)も、浜辺に打ち上げられた養(yǎng)殖用の浮き玉の片付けに追われていました。
「掃除しても次の日にしけると、また(がれきが)寄ってくる。掃除はなかなか進まない」(遠藤薫さん)
震災(zāi)で大きな被害を受けた宮城県の漁業(yè)。南三陸町でも2000隻以上あった船の9割が津波で流されるなどして使えず、水揚げ市場も破壊されました。漁に出られるめどは立ちません。
2日後、ようやく波がおさまりました。津波で流された養(yǎng)殖ロープを回収する漁師たち。海中での作業(yè)は、潛水士の資格を持つ工藤忠司さん(28)の擔當です。津波の影響で海底に泥がたまっているうえ、ここ數(shù)日、時化が続いたため海中の泥が巻き上がり、視界がききません。
「(海中はまるで)夜だ、夜。視界が悪いのが大変、(海が)こういう狀態(tài)だと。前のように良くなることはなかなかない、あの地震以來」(工藤忠司さん)
親戚とカキの養(yǎng)殖をしてきた工藤さん。津波で養(yǎng)殖いかだは全て流され、被害額は1000萬円を超えます。それでも、工藤さんは海から離れては暮らせないといいます。
「海のおかげでここまで育ってきた。ずっと漁師だったので、両親も祖父も。恩返しというわけではないが、海で生活していきたいと・・・」(工藤忠司さん)
三陸の漁場に出られる日を心待ちにながら、漁師たちは豊かな海を取り戻す闘いをきょうも続けています。(08日18:15)
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