日語(yǔ)口語(yǔ)練習(xí):日語(yǔ)副助詞的總結(jié)(2)

字號(hào):


    日本語(yǔ)はそれほど難しくないです。
    「Aほど~Bはない」の形で「Aはいちばん~」を表します。
    あの人ほど親切な人はいない。(いちばん親切だ)
    彼ほどの人はいない。(じょうずな人はたくさんいる。しかし、~)
    引用の形では否定が主節(jié)の述語(yǔ)に現(xiàn)れることもあります。
    これほど難しいとは思わなかった。(これほど難しくないと思った)
    複文の従屬節(jié)の中では、否定がなくても使われます。
    あの人ほど頭がよくても、間違えることはあるんですね。
    あれほどがんばったのだから、きっと優(yōu)勝するだろう。
    彼ほどの人でもまちがえる。
    述語(yǔ)を受ける用法は複文として扱います。(→「53.程度?比較?限定」)
    この問(wèn)題は誰(shuí)もできないほど難しいです。
    「それほど」の「それ」が前の文を受ける場(chǎng)合は、否定の述語(yǔ)でなくても使
    えます。述語(yǔ)を受けて極端な程度を表す用法になっています。
    この問(wèn)題は誰(shuí)もできません。それほど難しいのです。
    このように前の文を受けるのは「連文」の文法です。
    「數(shù)量+ほど」の場(chǎng)合は、「ぐらい」より硬い言い方で、丁寧で書(shū)き言葉で
    す。否定とは特に関係ありません。
    ロープを5mほどください。
    參加者は百人ほどでした。
    お金が千円ほど足りません。
    Nなど:例示
    「など」と言うと、「NやN(xiāo)など」の形で多くの物の中から例を挙げ、まだ
    ほかにもあることを暗示する、という用法がすぐ思いつきます。
    機(jī)の上には本やノートなどがあります。
    人の場(chǎng)合は丁寧ではないので、使わないほうがいいでしょう。
    田中や山田などが來(lái)た。
    これは接辭(接尾辭)としての用法で、副助詞としては、その名詞を一つの
    例として軽く言う言い方によく使われます。そこからまた、それを低くみる言
    い方にもなります。
    お茶などいかがですか。(←お茶はいかがですか)
    この辭書(shū)などが適當(dāng)でしょう。
    あいつの顔など見(jiàn)たくもない。
    この仕事はあの人などにはできません。(あの人になど)
    パチンコ屋へなど行ったこともありません。
    こんな仕事などは朝飯前だ。
    かなりくだけた話しことばでは「なんか」「なんて」も使われます。
    お茶なんかどう?
    あんなやつになんかやるな。
    お金でなんか買(mǎi)えないものだよ。
    あの人となんて絶対イヤ!
    これなんていいんじゃない?
    述語(yǔ)を受ける場(chǎng)合は複文のところで。(「→55.その他の連用節(jié)」)
    Nでも:例示?極端な例
    一つの用法は、いくつかの可能性の中から、一つを取り出して、軽い提案と
    して例示するような場(chǎng)合に使います。
    お茶でもいかがですか。
    明日にでも聞いてみましょう。
    彼女にでも頼んでみたら?
    散歩にでも行きませんか。
    じゃあ、新聞でも見(jiàn)て(時(shí)間をつぶして)います。
    「例示」でなく、それ以外の可能性を考えていない場(chǎng)合は「和らげ」の効果
    が出ます。
    それはねえ、その棚にでも置いといて。
    この「Nでも」の用法は文末に特徴があります?!竸幛帷埂该睢埂敢庵尽?BR>    などの「ムード」が來(lái)ることが多いのです。相手への要求などの直接さを和ら
    げるために「例示」という意味合いが使われるのでしょう。
    すぐ前でとりあげた「など」も例示の意味がありますが、この點(diǎn)で大きく違
    います。
    次に、もう一つの用法、「極端な例」の「Nでも」について考えましょう。
    こんなことは、小學(xué)生でもわかります。
    この「小學(xué)生」は、述語(yǔ)の「わかる」ということが成り立つ低い方の例です。
    この問(wèn)題は、専門(mén)の研究者でもわかりません。
    この「研究者」は、「わかる」可能性がもっとも高い方の例として使われてい
    ます。
    これらの例からわかるように、「Nでも」は、述語(yǔ)の內(nèi)容が成り立つ補(bǔ)語(yǔ)の
    中で極端な例を出して、その場(chǎng)合に述語(yǔ)で表されるような內(nèi)容が成り立つこと
    と、それ以上に「ふつうの例ではもちろん~」という意味を表します。
    ですから、上の「小學(xué)生」の例が言いたいことは、「これは誰(shuí)でもわかる、
    やさしいことだ」ということか、あるいは、「それなのにどうしてあなたはわ
    からないのか」というような、狀況から推論されうる意味であるかもしれませ
    ん。どちらにしても、「小學(xué)生にわかる」ことが中心的な意味ではありません。
    難しい仕事でもやります。(Nを)
    このロボットは狹いところにでも入ります。
    參加者はかなり遠(yuǎn)くからでもやってきます。
    あの人は臺(tái)風(fēng)の日でも休みません。
    なお、「疑問(wèn)語(yǔ)」についた場(chǎng)合の「いつでも?どこでも?だれでも」などは
    「不定語(yǔ)」として別に考えました。(→「16.疑問(wèn)語(yǔ)?不定語(yǔ)」)條件の「~
    ても」で述語(yǔ)が「Nだ」の場(chǎng)合、「Nでも」の形になります。
    教師が休みでも、學(xué)生は自分でよく勉強(qiáng)します。
    語(yǔ)法
    
    日語(yǔ)知識(shí)點(diǎn):日語(yǔ)中主要有3種時(shí)態(tài):過(guò)去時(shí)、現(xiàn)在時(shí)、將來(lái)時(shí)。其中,現(xiàn)在時(shí)和將來(lái)時(shí)沒(méi)有明顯的時(shí)態(tài)標(biāo)記(即都采用動(dòng)詞原形),要靠動(dòng)詞的種類(lèi)和上下文的關(guān)系區(qū)別。因此,從形態(tài)上說(shuō),我們也可以認(rèn)為日語(yǔ)的時(shí)態(tài)分為過(guò)去時(shí)和非過(guò)去時(shí)兩種。
    日本留學(xué)網(wǎng)https://riben.liuxue86.com友情提醒,點(diǎn)擊日本留學(xué)網(wǎng)考試頻道可以訪問(wèn)《日語(yǔ)副助詞的總結(jié)(2) 》的相關(guān)學(xué)習(xí)內(nèi)容。