日語中級:第23課おいしい生活

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本課課文
    (1)
    日本が広告に費やしている費用は、今や國民総生産の1%以上だそうだ。およそ3兆円という莫大な金額である。テレビのコマーシャルをはじめとして、新聞や雑誌の広告欄、看板や
    ポスターなど、私たちの身の回りは広告だらけだ。これだけ多くの広告が次々と作られているのだから、広告費がかかるのも當(dāng)然である。
    広告と言えば、しばらく前に「おいしい生活」という広告があった。「おいしい」という言葉は普通食べ物に用いるので、「おいしい生活」は正しい日本語の表現(xiàn)とは言えない。これは、あるデパートが出した広告の宣伝文句なのである。
    だが、そう言われても、どうしてこれがデパートの広告なのか、と首をかしげる人がいるにちがいない。実際、これを初めて目にした時は、誰もが「おやっ」と思った。広告であることはわかるが、何の広告なのかよく分からないというのが、初の印象だった。しかし、意味のよく分からない広告だからこそ、多くの人が興味をそそられて、これに注目したのである。
    「おいしい生活」がポスターやテレビに登場するやいなや、それはたちまち人々の話題をさらった。おかげで、この広告を出しだデパートの名前が売れたことは言うまでもない。
    この出來事は、大膽で奇抜な広告が人気を集める時代であることを強(qiáng)く人々に印象づけ、新しい広告の流行を作り出した。
    ちなみに昔はどうだったかと言うと、覚えやすい文句で、何の宣伝がだれにでもすぐわかる広告がほとんどだった。しかし、現(xiàn)代では、あたりまえの宣伝文句ではとうていはやらない。もっと人を「おやっ」と思わせるような広告が流行になっているからだ。
    このような流行は商品広告だけではない。公共広告も、以前は「暴力追放」とか「お年寄りを大切に」といった、わかりやすい呼びかけがほとんどだったが、近では、大膽で奇抜なものに変わってきた。
    金銭的な利益に結(jié)び付かない公共広告も、広告であるからには、時代の流行に無関心ではいられないのだろう。
    (2)
    張 :あれ。これは映畫のポスターかな。
    山田:ああ、これは地下鉄の公共広告のポスターだよ。「*者」っていう、チャップリンの映畫のパロディーさ。
    張 :ふうん。「*者」と書いてあるね。
    山田:つまり、座席を獨り占めしないで、お互いに譲り合って座るようにしようっていう広告なんだよ。
    張 :へえ、おもしろいねえ。でも、そういうふうに説明されないと、ぼくらにはわからないなあ。
    山田:そうだろうね。近の日本では、この広告みたいにちょっと奇抜なものが多いんだよ。まあ、一つの流行だろうな。広告っていうのは、いいにつけ悪いにつけ、時代の流行に影響されるからね。
    張 :なるほど。公共広告も、時代の流行には無関心ではいられないわけだね。
    山田:まあ、日本人は流行に振り回されているんじゃないかという気がしないでもないけど。
    張 :だけど、次々と作られる流行が、社會に活力を與えているのは確かだと思うよ。